昆虫食は飢餓を救うことができるのか?
アフリカ内地など食料資源に乏しい地域において、昆虫は安価で手近なタンパク源として期待されている。
食料資源が乏しい地域において、昆虫をタンパク源として利用するにあたって考えられるメリットは以下である。
・水を多く必要としない
→ウシやブタは水を多く必要とする。
・昆虫は人間が食べないものを食べ、栄養に変えてくれる
(例えば、雑草や樹木、樹木の葉などを優良なタンパク質に変換してくれる)
→人間が食べられる食料を家畜に回す余裕は無い。
・ウシやブタと比べて飼育コストが低い
→飼育設備費、飼料費を抑えられる
以上のような理由から、貧困地域では昆虫を育てて食べればよい、という考えは数十年前から存在していた。
しかし、実現に向けて具体的な動きがあったのは、つい先日のことだ。
Local expert gets funding to develop food based on insects
以下、上記リンクより抜粋。
アメリカの昆虫学者であるDossey氏は、飢餓が起こっている地域で、昆虫を大量に養殖し、それを食料とすることで子供たちを飢餓から救おうというプロジェクトを立ち上げ、ゲイツ財団から10万ドルの助成金を獲得した。
この助成はプロジェクトの進行具合によって、最高100万ドルが増額される。
Dossey氏はコオロギ、ハエの幼虫、ミールワームを養殖し、それをクッキーか何かの生地に練り込んだ食品を作り出し、飢餓に苦しむ子どもたちを救う予定だ。
私が知る限り、ここまで大規模な予算がついた昆虫食で飢餓を救うプロジェクトは初めてだ。
具体的にどのようにプロジェクトが進むかはわからないが、今後の展開に期待したい。
さて、ここからが本題。
「昆虫食が飢餓を救えない例が、わずかながら存在する」
例えば、ナイジェリアでよく食べられている、Anaphe 属のシルクワーム(シャチホコガ科、以下アナフェ)の例だ。
Bolanle Adamoleken et al. (1997) Epidemic of Seasonal Ataxia in Nigeria Following Ingestion of the African Silkworm Anaphe Venata: Role of Thiamine Deficiency?
以下、上記論文より抜粋。
ナイジェリアの南西部では、雨季、大規模な運動失調症(ataxia)や意識障害が発生していた。
Ikare, Ondo Stateに起きた大発生では、人口の1.87%もの人々に症状が現れた。
後の臨床研究により、これはチアミンの欠乏症であることが判明した。
さて、そのチアミン欠乏症を引き起こしている要因はなんなのだろうか。
・発病者の92%が社会的、経済的に困窮しており、高炭水化物、低たんぱくのキャッサバばかり食べていた。
・発病者の100%が発病の前に焼いたアナフェを食べていた。
以上から、キャッサバなど高炭水化物低たんぱく食品の単食と、焼いたアナフェの摂食が運動失調症の引き金になっていることが示唆された。
<発病までの流れの仮説>
低収入
↓
青酸配糖体を含む、高炭水化物食品(キャッサバなど)の単食
↓
チアミンの不足
↓
←雨季、タンパク源としてアナフェの摂食
↓
チアミン不足の悪化
↓
←さらに高炭水化物食品の摂食
↓
発病。重度の運動失調
↓
←チアミン投与
↓
回復
続いて2000年、日本のチームがアナフェによってチアミン欠乏症が引き起こされるメカニズムを解明した。
Takahiro Nishimune et al. (2000) Thiamin is decomposed due to Anaphe spp. entomophagy in seasonal ataxia patients in Nigeria.
以下、上記論文より抜粋。
アナフェからチアミンを分解する酵素であるチアミナーゼが発見された。
そのアナフェチアミナーゼの性質は以下である。
・タイプⅠというタイプのチアミナーゼ。
・70℃で最も活性が高くなる。
・最適pHは8-8.5。
・ピリドキシン(B16)、アミノ酸、グルタチオン、タウリン、4-aminopyridineの存在下で活性を発揮する。
ここで注目すべきは、アナフェチアミナーゼが最高活性を発揮する温度が70℃であるという点である。
0~60℃までは直線的に活性が上昇し、80℃でやっと失活し始める。
100℃にしてもピークの25%もの活性を維持する。
つまり、熱に強い酵素なのである。
現地ではアナフェを焼いて食べているが、普通に焼く程度ではチアミナーゼが失活しないのだろう。
タンパク質を得るためにイモムシを食べるが、栄養条件が悪すぎると、そのイモムシのせいでかえって悪い病気になってしまうというなんとも皮肉なお話であった。
チアミンはビタミンB1とも呼ばれ、糖質および分岐脂肪酸の代謝に用いられ、不足すると脚気や神経炎などの症状を生じる。
卵、乳、豆類に多く含有される。(Wikipediaより)
以上、実際に飢餓が起こっている地域では、食用とする昆虫の選定に注意を払う必要があるという事例紹介であった。
※すべての昆虫がこのチアミナーゼを持っているわけではありません。
アナフェ以外の昆虫では、同様の報告は聞いたことがありません。
<三橋亮太>